卒業






「卒業したら、どーするんスか?」
俺がそう聞いたら、藤真さんは少し悲しそうに顔を歪めた。
聞いちゃいけないことを聞いたのかと思って、俺はもう遅いよと後悔する。
いっつもそうだ。俺は思うより先に口が出てしまう。言って「やべ!」と
思っても、出した言葉は引っ込みがつかないし、もう相手にはその答えを
求めているようなもので。
「清田はさ、俺にどーして欲しいと思う?」
「へ?」
意外な『返答』に俺はボールを抱えたまましゃがみ込んだ。




神奈川選抜の合宿。
1年で選ばれたのは俺と流川。
紅白戦をすると、牧さんのチームか藤真さんのチームかに大抵別れて、
俺は大半を藤真さんのチームになっていることが多かった。
練習後のゲームで、牧さん率いる白チーム(藤真さんは「黒の方がいいん
じゃねぇ?」なんて笑っていた)が負けて、今ロードワークに出ている。
残った紅チームの俺らは、フロアに座ったり、シュート練をしたり、思い
思いに過ごしている。俺と藤真さんは風が入ってくる開け放された鉄の
扉の前で涼んでいたのだけど。




「どーして欲しいって、それ俺の質問に答えてませんよ」
「答えたくねーもん」
「なんで」
「だってお前泣くかも、とか思って」
「は?」
俺は藤真さんの顔を見上げた。俺の視線に気付いて藤真さんは俺の肩に
かかっていたタオルをスルリと取り上げると、自分の汗をぬぐった。
「俺、バスケやめるんだ」
「へ?」
「やめんの」
「嘘!」
大声を出し立ちあがり様に、藤真さんに俺はゴン!と思いきり頭を殴られた。
容赦ない。グーでだ、グーで。
「声でかいんだよ!」
「だって、でかくもなります!」
じーんと痛みが残る頭を俺は擦りながら、痛みでなのか、藤真さんの発言で
なのかわからないけど、涙が出てくるのを感じた。
「ほらー、そういう顔すると思ったんだよ。だから言いたくなかった」
「言わないつもりだったんスか?」
「聞かれたら、いずれは答えるつもりだったけど、聞かれないなら、その
ままにしておこうと思ったから」
「どうして」
「お前、質問魔だなー。まぁそれは会ったときからそうだったけど」
藤真さんは俺のタオルをサンキュと返して、俺はそれを受け取ると頭から
被り、またフロアにしゃがみ込んだ。
会ったとき。
それは春で。
牧さんと双璧と謳われる人が気になって。
あの牧さんが一目置いてる人が、すごく気になって。
翔陽が湘北戦で負けたあのとき、俺は、藤真さんがどれだけ傷ついているのか、
そんなこと気にもせずに、追いかけて、つかまえて、ただ闇雲に立て続けに
質問をして、最後には今みたく殴られたんだっけ。
「なんでやめるんスか」
ずっとずっと俺は質問だけをして、答えをもらい続けて、ただ唯一もらって
いない答えは、『俺のこと好きですか?』って質問だけ。
「理由はまぁいろいろあるよ。ほら、家の事情とかまーあんだろ」
「あぁ……」
「バスケは高校までって決めてたし」
「そう、なんスか」
「卒業と同時に終わりだって」
「決めてたっつーなら、どーして言ってくれなかったんスか。俺が聞くまで
どーして?聞かなかったら言わなかったってことっスよね?!」
なんだか責める口調になってしまう。言う言わないは藤真さんの自由で、俺が
藤真さんの進路を決める権利なんてないっていうのに。
すげ、悔しくて。俺は、俺なりに藤真さんに近づいていると思ったのに、結局
そういう大事なことは言ってもらえない、そんな存在でしかないのだと思ったら
無性に泣きたくなった。
「言いたくなかった……んだよな」
藤真さんの声が近くなる。ふと横を見れば藤真さんも腰を下ろしていた。
「なんで、なんでですか」
「お前と終わっちゃうかなって思った、って言ったら信じるか?」
「は!?」
「だから声でけーんだよ!」
今度は頬に裏拳が飛んできて、俺はバランスを崩してフロアに尻をついて
しまった。





卒業する、バスケをやめる。
それで全ての関係が終わるとは思わないけれど、まだ2年あるお前とは、バスケ
という繋がりがなくなってしまったら、もう何も残らないかもしれない、そんな
風に思えてならなかった。
だから言いたくなかったし、言えなかった。言うつもりもなかった。
言わないでいたら、俺とお前の間に『バスケ』ってモノはずっと存在するように
思えたし、繋がっていられるかなと思ったから。
でも、卒業して、何も繋がりがなくなれば、必要となる『答え』もあるんだと、
ようやっと気付いたんだ。





「お前に俺、答えてないことあるだろ」
「へ?は、はい……」
俺はさっきの拳骨より痛い裏拳の余韻を頬で確かめながら、藤真さんの顔を
見て頷く。
「ソレ、卒業したら答えてやる」
「は!?それ、それってどーいうことですか」
「あー牧が帰ってきたー。やっぱアイツ、ムダに体力あるよなー。2番手の姿
見えねーよ」
藤真さんは立ち上がり、扉の向こうの牧さんに向かって手を振る。俺は牧さんが
帰ってきたことを少々恨めしく思いながら無邪気にケラケラ笑っている藤真さんを
見上げ、もらえる『答え』にちょっとだけ期待する。期待しても、いい、っスよね。







寂しいはずの卒業が、始まりとなるのなら。


















ブラウザバックでお戻り下さい。









inserted by FC2 system