もしも







もしも、あのとき、



くだらないことを考えた。
あのパスを出していたら、あのシュートを決めていたら、あのリバウンドを取っていたら。
何をどう考えたところで結果は変わらないのに、反省会と銘打って、俺は自分の後悔を
正当化している。
これからこうしていこう、こう気をつけよう、ここを直そう――そんなことを決めたとして、
目の前の結果が変わるわけじゃない。
負けたものが、勝てるわけじゃないんだ。



「藤真さん」
「……バカ猿か」
「なんスか、その言い方」
「それ以外にお前を呼ぶ名前がない」
「き、よ、た、っスよ」
駅前で皆と別れ、独りになった瞬間、声がして、振り返るといたのは海南の清田信長。
知らないわけじゃない。牧の後輩だし、中学時代の話は聞いている。
「今日は、お疲れ様でした」
「おぅ」
別に何を話すこともない。俺はちらっと清田を見ただけで、スタスタと歩き出す。
「や、ちょ、ちょっと待って下さい!」
「話すこと何もねーし」
今まで特別何か話したことがあるわけじゃない。こっちに話したいこともない。第一
ずっと決勝で戦うものと思っていた相手と、話したくも、ない。
「藤真さん!」
あまりの大声に周囲が振り返った。俺は振り返らず足を止めた。
「あーやっと止まってくれた」
清田がのんきにそう言うので、俺は拳を作って振り返り、その頭に拳骨を落とす。
「いってぇえええええ」
「うるせぇ」
頭を押さえた清田を一瞥すれば、彼は半分泣きそうになっていた。その顔をあまりに情け
なくて、思わず吹き出す。
「牧さんは暴力ふるわないですよ」
「俺は手癖足癖が悪くってな」
「何か、イメージと違いますね」
「勝手に想像膨らましてただけだろ、お前が。俺はこんなんよ」
イメージか、と俺が他人に抱かれているものはおおよそ想像がつく。別にどう思われていても
構わないが、実際の俺なんて、こんなんだけどな。
「ちっちぇえ男よ?」
そう言って、俺はまた清田に背中を向けて歩き出した。
「待って下さい、藤真さん!」
「声、でっけ」
「どこ行くんですか」
「そりゃお前帰るに決まってるだろ。何、お前もこっちの方なの?家」
「や、違います。ついてきました」
「……アホか」
部で試合観に来てたんじゃねーのかよと、団体行動を重んじる牧がちょっと可哀相になった。
「牧に言ったのか?」
「いえ、思いつきで」
あとでまず神あたりに怒られそうだな、こいつ。
「どうしても、藤真さんと話したくて」
「俺はないけど」
さっきと同じことを俺は言った。清田は俺の横について歩きながら、めげずに言う。
「俺は、話したくて」
「何を?」
歩くペースは変えず、俺は家の方へと向かってく。ていうか、このままじゃ家まで来るな、こいつ。
「いろんなこと」
「具体的に言え」
信号で止まる。清田はぶつぶつと何かを呟いていた。
「ただ、話したい、ってそんだけじゃダメっスか?」
「ダメだね」
この信号は捕まると長いんだよな。早く青になんねーかなと俺は赤信号を見ながら思う。待つのは
長いくせに、青の時間は短い。もしも、もっと青の時間が長かったら、今だって立ち止まらずにすんだのに。






あぁ、こんなときにも、簡単に、もしも、なんて思うんだな。






「青、だ」
信号が変わる。俺は思わず色を口にした。
「清田」
「はい」
「お前、もしも、って考えたことあるか?」
ゼブラ模様を渡りながら、俺は清田に聞いた。
「それは……考えたこと、たくさんあります。もしも、あのシュートが入ってたら、もしも、あのパスをカット
できてたら、もしも、」
「あぁ、もういい」
誰も、同じなんだろうか。結果を悔いて、もしももしもと考えるんだろうか。
そんな自分が情けなく思えても、もしもと思ったところで、もう、勝てないんだとしても。
くだらないこと、だというのに。
「考えても仕方のないことかもしんねーけど、悔しいから、そう、考えちゃうんじゃないスか?」
悔しいから考えて、悔しいからもっと頑張ろうと思ったりとか、そーいうのないスかね?とあっけらかんと
清田は言葉を続けて、横断歩道を渡り終えると、ぴたっと止まった。
「別にそんだけじゃなくて、いろんなことで、もしもって思うと……思うんスよね。もしもあのときって変えらん
ない過去を考えちゃうと何つーか」
俺は立ち止まった清田に振り返る。
「後ろ向いても仕方ねーからな。というわけで、俺はもう振り返らねーぞ」
そしてすぐまた前を向き、歩き始めた。
「藤真さん!」
「冬は俺らが行くからな」
もしも、考え出したら止まらない過去への悔い。それが悪いわけじゃない。簡単に誰もが過去を振り返る。
くだらない行為。
それでも、俺らは。
「は、はい!いや、ハイじゃなくて、何言ってんスか!俺らが行くんスよ!」









結局清田は俺んちまでついてきた。
何のために来たのかは、未だわからずじまい。
でも、もしも。
清田があの日。
いや、考えないでおこう。それは、近い未来、わかることかもしれない。






















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