声をかけることが、躊躇われた。
いつもなら、その姿を一目見たならすぐに、「藤真さん!」と声をかけているのに、
どうしてかそれができなかった。
それは、藤真さんが一人じゃなかったからだ。
藤真さんが一人じゃないときなんか別に今までなかったわけじゃないけど、今日は、
いつもとは違った。
いつもとは違う、『一人じゃないとき』だった。




トナリ に イルヒト は ダレデス か ?




口の中が妙に乾いて、途切れ途切れになる言葉があっても唇から先に出てこない。
きれいな、ひと、っていうのかな。
かわいい、ひと、っていうのかな。
声をかけて、どうもって言って、それで、そのひとのことを聞けばいい。そしたら俺は
適当に、きれいだのかわいいだの言えばいい。
でも、だめだ。
一定の距離を保つのが精一杯。その距離をいつもなら俺はゼロにできるのに、今日は
藤真さんが目に入る、その背中を追いかけるのが精一杯。




カノジョ です ヨ ね ?




簡単なこと。
今まで俺が知らなかっただけだ。聞かなかっただけだ。見なかっただけだ。
藤真さんの隣にいるひとは、きっと彼女なんだ。
遠目から見てもわかる。なんとなく、空気が違う。そうか、あれが彼女という生き物か。
俺には、いたようなこともあったけど、気付いたらいなくなってた。好きだとか言われても
応え方なんてわからなくて、神さんに笑われたことだってある。
だから、わかることは、わかるんだ。
藤真さんの隣に在る背は、彼女、なんだろう。




ドウシテ いたい ン だろ 。




知らぬ痛み、感じたことのない痛み。
背中を追うのもつらくなるくらい、目にしたくないくらいの、何か。
何だろう、本当に何だろう。
藤真さん、これは何なんだと思いますか。
俺、バカだからわかんねーんだよ。こんなこと神さんに言ったら、また笑われるだろうけど。
走って、いつもみたいに飛びついて声をかけよう。
藤真さん!て。そうしたら少しは、楽になる。ここに、い続けるよりは多分。
そんな気がする。




ドウシテ 立ち止まる ンデス か ?




藤真さんの前を、隣にいたひとが歩いてく。どんどん、どんどん。
振り返りもせずに歩いて、藤真さんの背だけが残らされた。振り返らないひとを、ずっと
見つめているような、そんな風に、俺には見えた。
距離が、縮まってく。
俺は、変わらず歩いていて、藤真さんは立ち止まったままだから、このままいけば、俺は
藤真さんの隣に、辿り着いてしまう。
背中が、近づいてきて、背中が、見えてきて、背中が。




「おう、清田、どした?」




藤真さんが振り返った。
俺は目を大きく見開いた。
背中が、もう見えなくて、俺は藤真さんの隣に立っていた。
どうしてか、泣きたい気持ちになっていた。痛みは残ったままで、だけど、藤真さんが
笑っていたから、笑いたいのに、泣きたくって仕方なかった。
振り返らないひとの背中は、もう見えなくなっていた。




「俺さー、どうやら失恋したみたいなんだよねー」




藤真さんは、笑っていた。
















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